川崎市木材利用促進フォーラム会長 有馬孝禮氏
(東京大学名誉教授)
川崎は「駆動力」のあるまち
川崎市木材利用促進フォーラムは2015年に発足し、2023年で8年目を迎えます。また、川崎市は2024年に市制100周年を迎えるとともに、全国都市緑化かわさきフェアが開催されます。その一環で企業、学生などを巻き込んだ共創プロジェクトも発足し、大きく胎動を始めています。フォーラム発足時から会長を務める有馬氏に、この機会にフォーラムについて振り返ってもらうとともに、川崎のあるべき未来像について語っていただきました。
■驚きの連続だった発足
――フォーラムの立ち上げ時について、どのような流れであったのかそのときの状況や、それに立ち会ってどのように思われたか、教えてください。
もともとのきっかけは、2010年の公共建築物等木材利用促進法であったろうかと思います。川崎市も、公共施設で木材利用を促進するにあたって、市のご担当者がたまたま私に「ヒアリングさせてくれないか」と電話をくださいました。
私は川崎市民ではありますが、宮崎県の木材利用技術センターの所長を8年務め、退職して2年ほど経ったところでした。宮崎県のような林産地では、職員・議員の皆さんの意識も高く、公共施設などで木材を使おうというのは自然な流れです。
しかし、都市部にはそういう意識も少なく、どのようにするか、まずは宮崎県等に視察に行こうということになったのだと思います。
この視察をきっかけに、トントン拍子で話が進んで、宮崎県と川崎市が連携協定を結んだのには驚きました(2014年「宮崎県と川崎市との連携・協力の取組に関する基本協定」)。個人的には連携関係ができたらとは思っていたのものの、県と市では難しいだろうと思っていたのですが、当時の宮崎県知事、川崎市長のご慧眼だったと思います。
この連携協定のなかで、木質化の推進をテーマにした分科会のようなものが立ち上がり、勉強会が盛んに行われるようになりました。ずいぶん熱心に勉強をされていて、そのうち、行政だけではなく広く民間でも利用したほうが良いという意見が出されるようになり、それが木材利用促進フォーラムに繋がりました。
公共建築物等木材利用促進法が大きな契機になっているわけですが、この背景には、戦後の拡大造林で植えられた木が、50、60年経って成熟期を迎えていることが挙げられます。
林業(木材)は、太陽と大地と水、そして二酸化炭素によって養われる自然資源です。
よく日本には資源がないと言われますが、森林を見ればものすごい資源大国であって、これを使わない手はない。木は半分が炭素でできており、これは二酸化炭素を吸収、固定したことになります。木を都市で使えば、都市が二酸化炭素をストックするストレージとなります。また、将来的には建材として利用した木材をエネルギーとして使うこともできるので、エネルギーの倉庫になっているとも言えるわけです。
自然資源というのは更新が必要で、それにより持続的に利用していくことができる。だから大きな駆動力を持つ都市が木材利用を進めれば、森林は更新され、健全に活性化・保全されることになります。そして、このように木材の利用が進めば生産圏の地域の活性化にもつながります。
公共建築物等木材利用促進法は、この動きを都市部に広げようとするものです。特に、川崎市のような強い駆動力のある地域で取り組まれることは、非常に意義のあることだと思います。
――2015年にフォーラムが立ち上がったときにはどのように思われましたか。
いや、正直申し上げるとびっくりしましたね。宮崎県との連携協定にもびっくりしましたが、行政が中心となり、民間を巻き込んでこのような組織を作ることに大きな驚きを覚えました。会長を仰せつかった際には私でふさわしいかどうかと思いましたが、それまでの成り行きもありましたし、一川崎市民として貢献もしたいという思いもあって、お手伝いさせていただくことになりました。
■卓越した官民連携がポイント
――フォーラム設立から8年経ちましたが、活動が続いている理由はどこにあると思われますか。
行政の立ち位置がポイントですね。川崎市では、“ほどほどの距離”で行政が携わっているのは、非常に素晴らしい。行政がいることで、そのプロジェクトの信頼度が高まります。これは対外的にもそうですが、参画メンバー同士の信頼関係を醸成するうえでも重要です。多くの民-民プロジェクトが破綻してしまうのは、信頼関係が続かないから。日本各地でさまざまな木材関係のプロジェクトを見てきましたが、うまく行くところは多くはない。その点、川崎市は非常に良い立ち位置でプロジェクトを進めているように思います。
また、行政の担当者のみなさんが、とても勉強熱心でいらっしゃる。建築にも強い方が多い印象がありますね。国の政策の動きにも敏感で、いつも情報をいち早くキャッチしておられる。引き継ぎをきちんとされているのも素晴らしい。ここまできちんと引き継ぎされている自治体はないのじゃありませんか。公共施設で木材を使うと言っても、費用もかかり、決して簡単なものではありません。人は易きに流れるものですし、本当に使おうとしないと、継続的に使うことはできないものです。その点、自治体間、フォーラムメンバー間のつながりと法律を活用して、良く進めていらっしゃると思います。
森林環境税・森林環境譲与税は、この動きをさらに加速させるものになるでしょう。この制度の本質は、資源利用の“つながり”をどう作るかという点にあります。都市が駆動力を持っていても、“つながり”がないと十分に発揮できません。私は、森林環境税は大きい意味で日本を変えるものだと感じています。
――最近のフォーラムの活動をどのように見ていらっしゃいますか。
ひとつは、フォーラムの部会で、よく考え、さまざまな発想をもって活動している点が評価できると思います。林産地では、木材は建築以外に使おうという発想があまりないのですが、川崎では消費者に近いところから、教育や「親しんでもらう」という観点での活動をしている。これは木材利用の未来の点からも非常に重要ですし、林産地に対しても良い影響を及ぼすと思います。
次に、「つながり」「顔の見える関係」を構築していることも、今後の活動を広げることにつながると感じています。森林環境税のポイントが「つながり」であったように、木材利用の拡大には、事業者同士のつながりが非常に重要になってきます。お互いに見知った顔になり、腹を割った話ができるようになると、この複雑な木材流通の現状を乗り越えていくことができるようになるでしょう。
――官民の役割分担についてはどのようにお考えでしょうか。
基本的に、民間の実績を行政が広報する。こういう取り組みがありました、しっかりできました、ということをきちんと流す。これが行政の役割として非常に重要です。
逆に行政は事業面には入りにくい。木材利用といっても結局は価格の話になりますし、競合も発生するのも致し方ない。ここが民間の活躍のしどころです。しかし、生産者は高く売りたいが、消費者は安く買いたいと思うこの相反する部分の落とし所を見つけるのが大変だと思います。そこをなんとかするのが、顔の見える関係性、つながりです。
■川崎市は「若い」まち。遠慮せずに新しい取り組みを
――今後のフォーラムに期待することは。
まず普及啓発です。教育も含め、消費者に近い都市だからできることはたくさんあるはずです。
次に木材利用・流通の新しいかたちを模索すること。木材には多重の競争があるという独特の問題があります。木材事業者同士の競争、生産地間の競争、そして、他の素材・建材との競争の3つです。他を排斥することなく、良いかたちで事業性を成立させていくことが求められることになるでしょう。
また、木材流通にはバッファが非常に重要です。このサプライチェーン全体をどう構築するか。さらに、森林が成長するには50年かかるという「時間」をカバーするには「面積」が必要です。そうした山の状況も踏まえたサプライチェーンの問題に踏み込んでもらえたらと思います。
木材利用促進とは、炭素を都市にストックする、エネルギーを消費する建材の利用を減らす、将来的な代替エネルギーであるという、3つの効果があります。この3つを念頭に置いて活動や政策を考えていってほしいと思います。そして、この3つはつまるところ広い意味での「省エネ」ということになります。市民の生活を変えていく必要もあるでしょうし、いかにエネルギーを無駄にしないという問題でもあります。それは必ず経済問題にもつながります。ここが、これからの知恵の出しどころ、工夫のしどころかと思います。
しかし、川崎市は非常に若いまちです。イベントを開催するとベビーカーを押した若い夫婦の姿が驚くほどたくさんいる。また、「川崎から来た」と話すと、日本中どこでも「昔川崎にいたことがある」「子どもが今川崎に住んでいる」という声が返ってくる。そういう色彩を持ったまちなんですね。東京にも横浜にも近いけど、田舎でもあり、多彩な人が集まっている。これは逆に見ると地方とのつながりを持ちやすいということでもあるでしょう。地域間交流の敷居が非常に低いとも言える。
フォーラムの皆さんには、あまり遠慮はいらない、ぜひ活発にやってほしいと思いますね。ひとつやったら、成功・失敗をあげつらうようなことなく、「じゃあ次どうしましょうか?」とひとつひとつ積み重ねていくことが大事じゃないでしょうか。日本は「決める」ことばかり熱心にやりますが、本当に大切なのは、何かをやったことで、その結果として何かが「決まる」ことだと思います。とにかく何かひとつやる。それを踏まえて、次のことをやる。その繰り返しが、新しい木材利用、川崎を作り出していくと思います。
木材利用には、日本を変え、現在のグローバルな資本主義のあり方に一石を投じることのできるポテンシャルがあると思っています。木材利用、森林活性化、地域活性化をつなげて回していくこと。事業者同士のつながり、地域のつながりを大切にすること。その点を大事に、活動を拡大していけたらと思います。
取材会場:ナノ・マイクロ産学官共同研究施設「NANOBIC」
川崎市では国産木材の利用促進にあたり、市民に木の良さや利用意義を伝えるため、令和元年度から譲与開始された森林環境譲与税の一部を活用し、市民等が利用する公共建築物の木質化を実施しています。
令和3年度は「NANOBIC」1階ロビーの木質化リノベーションを行いました。